【海外の反応】『きみが死ぬまで恋をしたい』11話、二人の初めての喧嘩に海外が議論 「正しいのはミミのほうだ。だからこそ辛い」
『きみが死ぬまで恋をしたい』の海外の反応まとめ(全8話分)→
本記事の見どころ
- 「ミミがシーナの魔法の練習を嫌がるのは、二人の時間が減るからではない。強い生徒がどうなるかを知っているからだ」
- 「この作品は、視点人物のほうを“間違っている側”に置くことを何度もやってのける」
- 「毎回あの麻袋で運ばれてくる必要があるのか。今回は手足が全部くっついていただけまだましだ」
- 「“敵”のほうは子供兵を使っていない。“悪役はこっちなのでは”という空気が濃い」
『きみが死ぬまで恋をしたい』第11話。upvoteは457。
主人公シーナと不死の少女ミミが、初めて正面から衝突しました。海外掲示板Redditでは、どちらが正しいのかをめぐって長いやり取りが続いています。
以下のコメントは Reddit / YouTube / X 等のスレッドから引用・翻訳しています。原文の意図を尊重しつつ、日本語として自然になるよう編集しています。
「ミミが反対している本当の理由」
シーナが魔法の訓練を続けることに、ミミが強く反対しました。その理由の読み解きから議論が始まっています。
ミミがシーナの魔法の練習を嫌がるのが、単に二人で過ごす時間が減るからではない、と分かったのが良かった。彼女はシーナが強くなることを恐れている。強い生徒がどうなるかを知っているからだ——戦場に送られて、死ぬ。/ 二人とも互いを守ろうと必死で、それがついに喧嘩になった。悪いがシーナ、この議論もあなたの負けだ。前回の終わりの議論と同じように。ミミのほうが全体像をよく掴んでいる。/ たぶん次回は謝罪の場面になるだろうが、問題はシーナがどうやって魔法の練習を続けるかだ。やめるはずがない。ミミに言うのか、それとも隠し通そうとするのか。
ミミの論理は筋が通っていた。彼女は不死なのだから、自分が引き受けて仲間の負担を軽くできる。/ 残念なことに、人間の感情はそもそも論理的ではない。あのやり方ではシーナがミミに届くはずがなかった。一度引いて、論を組み立て直してからもう一度話すべきだった。/ シーナの何が間違っていたのかを評価できる第三者として、フラン先生がいてくれて良かった。
功利主義的な考え方は好きではない。だが残念ながら、ミミを送り出し続けることが、どちらも最悪な二つの選択肢のうちの「まし」なほうだ。/ ミミがどれだけ苦しんでいるかを描いたうえで、彼女が行かずに済む選択肢をすべて潰していく。この重荷を彼女一人に背負わせるのは、残酷で不当きわまりない。それでも代わりはいないし、彼女がいなければもっと多くが死ぬ。
難しい状況だ。「正しい」答えがない。ミミの言うことは分かるし、一理ある。彼女は不死だから、自分だけが苦しめばそれだけ多くの命を救える。/ でもシーナの言うことも分かる。不死だからといって、痛みを感じないわけではない。不当で滅茶苦茶だ。しかし他にどんな選択肢がある?
残念ながらミミに同意する。不死のミミが処理できるのに、なぜ生徒を死なせに行かせるのか。セイランをもう一人増やすだけだ。
背景:視点人物を「間違っている側」に置き続ける作品
本作は、戦時下の魔法学校を舞台に、視点人物シーナと不死の少女ミミの関係を描く作品です。
当ブログでは第10話を扱いました。ミミが無傷で帰還する日が続き、束の間の穏やかな回になった、という内容でした。海外の視聴者はそこで「タイトルのせいで最後まで気が気じゃなかった」と書いています。
今回、その穏やかさの理由が明かされます。犠牲者が出ていなかったのは戦況が好転したからではなく、ミミが一人で戦場中に手を伸ばしていたからでした。無傷に見えたのは、血に染まった上着を扉の外に置いてから入ってきていたためです。
この作品の構造で海外の視聴者が繰り返し指摘するのが、視点人物のほうが議論に負ける、という点です。
読者はシーナの目を通して物語を見ています。ミミに傷ついてほしくない、という感情も共有しています。それでも作品は、シーナの主張を正解として扱いません。
第8話では戦死者の喪が描かれ、第7話では遺体すら残らない退場が描かれました。当ブログの過去記事でも、海外の視聴者が「ここ数年で最も美しい悲嘆の描き方だ」と評していたことを紹介しています。
そして今回、初めての喧嘩です。
興味深いのは、コメント欄の多数派がミミ側に立ちながら、同時に「だからこの社会は救いようがない」とも書いている点でした。ミミの論理が正しいこと自体が、この状況の異常さの証明になっている、という読み方です。
この作品が、視点人物である主人公を、物語のほうから「間違っている側」として描く状況に何度も置いてきたのが好きだ。/ 過去の回でもこの問題が扱われたが、結局のところ、不特定多数の生徒の命を救えるミミの能力と、ミミが傷つくのを見るシーナの個人的な苦痛との対比になる。理想的でないのは明らかだが、ミミが今のまま続けるほうが、はるかに良い選択肢だ。
アリが本当に心配だ。無理をしてセイランと同じ道をたどらないでほしい。/ 久々の任務でミミが無傷で帰ってきて安心したが、シーナが「無傷で帰ってきている」と思っていたのに、血まみれの上着を扉の外に置いていく場面が映った時点で、何かあると分かった。/ シーナの視点では、全員が生きて帰り、ミミも傷つかなくなって、すべてが落ち着き始めたように見えている。実際には、最近犠牲者が出ていないのはミミが戦場で手を広げすぎて全員を救っているからだった。/ 一つの王国が、たとえ不死だとしても、あんな小さな少女一人にこの重荷と痛みを全部背負わせているのは異常だ。
学校が失敗しているのは事実だが、シーナはその水準で話をしていない。戦争をどう終わらせるか、勝つのか降伏するのか逃げるのか、という話を彼女はしていない。ただミミに傷ついてほしくないだけだ。/ それは正当な感情だが、この状況では素朴すぎる。前提の状況に向き合わない限り、彼女は非現実的な理想主義者でしかない。/ もっとも、彼女たちは子供なのだから、そこまで強くは責められない。
フラン先生はシーナがミミを変えられると信じているようだ。/ フランの目的は何なのだろう。フランも、ミミも、学校と国も、ミミが重荷を負うという戦略的な論理では一致している。ではフランはシーナに、ミミの何を変えさせたいのか。/ フランは軍の上層部と必ずしも意見が合わない。だとすれば、ミミが戦うことを拒めば、学校と国のほうが何かを変えざるを得なくなる、ということかもしれない。
シーナはなぜ戦闘の準備をさせられているのだろう。その方面では明らかに向いていない。戦闘訓練の代わりに、もっとフラン先生のところで医務の仕事に就かせるべきだ。/ そのほうが二人にとっても良い解決に思える。シーナは戦いから外れて安全でいられるし、戦いのあとのミミの傷や痛みを助けられる。
全員を戦闘に向けて準備させているんだ。それが標準の課程で、シーナだけが免除されないというだけのこと。それにシーナ自身も、戦いが上手くなりたいと思っている節がある。
医術に集中すべきなのは確かだ。だが敵がミミを突破して学校の扉を蹴破ったとき、相手は兵士か衛生兵かなど気にしない。/ 前線に送り出しはしないが、前線のほうが来た場合に備えて訓練はさせておく。
「なぜ毎回、麻袋で運ばれてくるのか」
戦闘後のミミの扱いについて、今回初めてまとまった指摘が出ました。
毎回あの麻袋で運んでくる必要があるのか😭 今回は手足が全部くっついていただけ、まだましだった。
誰もこれに触れないのが意外だ。あまりに無礼で、人間扱いしていない(もっとも、そこが狙いなのだろうが)。初めて見たときは顎が落ちた。彼女があれだけのことをしているのだから、せめて担架くらいは使うだろうと思うのだが。
もはや彼らは彼女を人間だと思っていないのだろう。兵器だ、それだけだ。/ 前の回で特に引っかかったのが、袋を運んできた男の「全部の部品を見つけるのに時間がかかった」という台詞だ。彼女の体の部分を全部見つけるのに、でもなければ、彼女を元に戻すのに、でもない。壊れた兵器の部品を全部見つけるのに、だ。/ 自分の中では、この社会は救いようがない。
他の生徒に見せたくない、という事情なら分かる。文字通りバラバラになっているときは特に。/ でも今回は、あの男が普通に腕に抱えて運べたはずだ。本当にミミを人ではなく物として見ている。
「敵は子供兵を使っていない」
議論の途中で、短い指摘が投げ込まれました。それまでの前提を裏返すものでした。
興味深いのは、「敵」のほうは子供兵を使っていないという点だ。/ 「悪役はこっちなのでは?」という空気が濃い。
シーナのほうが正しい。大きな図で見れば、学校そのものが失敗している。この戦争を終わらせるために何一つせず、子供を肉の盾として放り出す以外に何もしていないのに、ミミにこれを背負わせている。
この戦争とこの世界について、我々はまだ知らなすぎるのだと思う。/ 学校が降伏すれば生徒は助かるのか? それとも処刑されるのか? 学校の運営者たちの明白な戦争犯罪を裁く、この世界のハーグのような場所はあるのか?
喧嘩をして、互いに腹を立てたあとでも、二人がちゃんと「おやすみ」を言い合ったのが良かった。それでも相手を大事に思っていることを示すのをやめない。
まとめ
喧嘩の内容そのものより、その勝ち負けが議論になりました。
海外の視聴者の多数は、論理としてはミミが正しいと判断しています。そのうえで、ミミの論理が正しく成立してしまうこと自体が、この状況の異常さの証明だとも書いています。
残り2話です。
📚この記事に出てくる英語表現(英語学習用)
grasp of the big picture— 全体像の把握
例: Mimi simply has a better grasp of the big picture.
spread oneself thin— 手を広げすぎる・無理に分散する
例: Mimi has been spreading herself thin on the battlefield.
are we the baddies?— 悪役は我々のほうでは?(英コントに由来する定型句)
例: Big "are we the baddies?" vibes.
こちらもおすすめ
【海外の反応】『きみが死ぬまで恋をしたい』10話、束の間の穏やかな回に海外安堵 「タイトルのせいで最後まで気が気じゃなかった」
【海外の反応】『クレバテス』2期11話、試練を戦わずに突破したアリシアに海外絶賛 「苦しみに耐える試練ではなく、苦しまないことに耐える試練だった」
【海外の反応】『Re:ゼロ』4期17話、ユリウスが「騎士を演じ切って」初代剣聖に勝利 「なりきることで、本物を超えた」
【海外の反応】『転校先の清楚可憐な美少女』11話、祖父母まで問題だったと判明し海外絶句 「血統がどうとか、何なんだあれは」
【海外の反応】『ぶちぎれ令嬢』11話、修道女ティダの復活に海外歓喜 「彼女のスピンオフが必要だ」
【海外の反応】『ぐらんぶる』3期11話、受付の誤解に海外爆笑 「恋人じゃない? じゃあセフレってことですね」
この記事が面白かったらシェアしてね!
📡 もっと海外の反応を読む
コメント
現在、コメント機能はメンテナンスのため一時的に停止しています。再開までしばらくお待ちください。